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福岡地方裁判所 平成4年(ヨ)366号 決定

債権者

須郷昌徳

右代理人弁護士

倉岡雄一

市丸信敏

中山栄治

松尾弘志

債務者

学校法人西日本短期大学

右代表者理事

辻英雄

右代理人弁護士

合山純篤

主文

一  債権者が債務者設置にかかる西日本短期大学の法科教授たる地位にあることを仮に定める。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は、これを三分し、その二を債権者の負担とし、その余は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者の理事たる地位にあることを仮に定める。

二  債権者が債務者設置にかかる西日本短期大学の法科教授たる地位にあることを仮に定める。

三  債権者が債務者設置にかかる西本短期大学付属高等学校の校長及び債務者の教職員たる地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、西日本短期大学(以下「本大学」という。)及び西日本短期大学付属高等学校(以下「付属高校」という。)を設置、運営する学校法人である。

2  債権者は、昭和五〇年四月、本大学法科助教授として債務者に雇用され、昭和五六年九月、同科教授(以下「教授」という。)に任用されるとともに、債務者の理事(以下「理事」という。)に就任し、昭和五九年四月、付属高校校長(以下「校長」という。)に任用された。

3  任命権者たる債務者の理事会(以下「理事会」という。)は、債権者について、平成三年三月二五日、理事及び教授を解任する旨決議し、次いで、平成四年三月一八日、校長の職を解く旨決議した。

4  同月三〇日、理事会は、同年四月一日付けを以て債権者を債務者法人事務局付(非常勤)とする旨決定した。

二  債権者の主張

1  被保全権利

(一) 理事解任決議の無効について

(1) 平成三年三月二五日の理事会は、理事二名(牧之内繁男及び坂上務)の欠席があったにもかかわらず、予め議題として招集通知に掲げられていなかった債権者の理事解任の件を突如問題としたうえ、右議題につき正式の採決も行わなかったものであるから、理事解任という重要問題を審議した右理事会の開催手続は、重大な瑕疵を帯びるとともに、右解任決議自体の不存在を疑わせる。よって、右解任決議は無効ないし不存在と言うべきである。また、債権者は、債務者から、右解任の件につき、何らの通知も受けていない。

(2) 債務者は、債権者が理事長の許可なく他大学の設立に関わったことを理事解任の理由としている。しかし、債権者は、右の件については勿論、他職との兼職についてはすべて、理事長に兼職届を提出し、これを許可されたうえで兼職していた。本件理事解任決議は、理事長の辻英雄が、前記理事会において、本来債権者から提出され保管されていたはずの兼職届を破棄し、作為的に無許可であったような状況を作り出したうえで行われたもので、解任理由は全く存しないから、解任権の濫用と言うほかなく、無効である。

(二) 教授解任決議の無効について

(1) 本大学における教授会規程によれば、教員人事に関する事項は、教授会の審議事項とされている(同規程八条)にもかかわらず、債権者の教授職の解任の件については、一切教授会に諮られず、前記理事会で専断的に決定されたものである。大学における教員人事が、教授会での審議結果を尊重してなされるべきことは、憲法上の学問の自由の保障の一内容としての大学の自治から当然に導かれ、前記教授会規程もかかる見地に基づくものであるところ、教授会の審議を欠いた本件教授解任決議は、かかる重要な手続的ルールを逸脱した重大な瑕疵があり、無効である。

(2) 債権者に対する教授の「解任」又は「免職」という処分は、本大学における債権者の教授ないし教育職としての地位の剥奪にほかならず、懲戒免職の実態を持つところ、かかる重大な不利益処分を行う場合には、本人に対して告知、弁明の機会を与える等の手続的保障がなされるべきであるにもかかわらず、債務者は債権者に対し右手続的保障を一切なしていない。

勿論、右解任の件についても、予め招集通知の議題に掲げられておらず、債権者は決議の結果について、債務者から何らの通知も受けていない。

(3) 債務者は、教授解任の理由として、債権者が講義を殆ど助手に任せ、休講や自習が多いなど、教授としての職責を果たしていないことも掲げている。しかし、右理事会における説明は虚偽の資料に基づくものであり、債権者が法科の主任教授として講義等の職責を果たしてきていることは、授業実数調査表などから明らかである。助手の講義に関しては、従来、本大学では、助手が単独で講義していたのを、卒業に必要な単位認定は助手にさせてはならないとの文部省の指導により、教授が助手の講義を指導し、単位認定を行うという方式に改めたことによるものであり、債権者以外の教官もこれを行っているうえ、その前提として教授会の承認も得ており、何ら非難を受けることではない。

(三) 校長解職決議の無効について

(1) 平成四年三月一八日の理事会は、欠席者があったうえ、予め招集通知に議題として掲げられていなかった校長解職の決議をしたものであるから、開催手続に重大な違法があると言うべきである。

また、校長の解職も、懲役解雇の実質を有するところ、債権者は、何ら、解雇理由について、告知、弁明の機会を与えられていないので、右解職手続には重大な違法がある。

(2) 債務者は、債権者が債務者に無断で北九州市の学校法人太平洋学園の理事に就任したこと、これに関して債権者が債務者事務局に虚偽の文書を作成させたことを校長解職の理由として掲げている。しかし、債権者が兼職につき予め債務者に届け出て許可を得ていることは、既述のとおりであるし、そもそも従前の就業規則においては、営利企業での兼職等の場合にのみ理事長の許可を受ければ足りる旨定められていたにすぎず、右理事就任がこれに当たらないことは明らかである。なお、債務者は、平成三年二月一日就業規則を改訂したとしており、これによると、一般的に兼職が禁止されているが、債権者の兼職は右改訂前からのことであるうえ、右改訂自体明らかな不利益変更であり手続上も極めて問題があるから、その効力は疑問なしとしない。

虚偽文書作成の件についても、真実は、平成三年三月二五日の理事会において、理事長自らが兼職調書綴りを取って来て、債権者にかかる許可書と覚しき紙片を破り取り、これをポケットにしまい込んだことから、債権者が事務局長と総務部長の二人に兼職許可の事実を確認したところ、両名から間違いない旨の回答を得たので、理事会に示す必要があるからとして、右両名に急遽証明文書を作成してもらったのであって、何ら虚偽の文書の作成を強要したものではない。

(四) 以上により、債務者によって債権者につきなされた理事、教授の解任及び校長解職の各決議は、いずれも無効であり、債権者は依然として右各地位を有するものである。

2  保全の必要性

(一) 精神的損害

(1) 債権者は、昭和五六年、債務者において、理事の使い込み等による刑事事件が発生し倒産の危機に直面した際、全教職員の中心となり、強力に学内を指導して債務者の再建に貢献するとともに、付属高校の再建にも取り組み、自閉症児童と健常者との統合教育を行う「情緒クラス」の設置などの制度を実施して社会の瞠目を集め、同校を福祉教育の草分け的存在として、全国に有名にしたばかりか、校長就任後は、通信衛星を使った異国間同時教育を行う等数多くの試みを実施したうえ、スポーツ教育にも大学進学にも熱心に取り組み、同校に各種スポーツ大会で優秀な成績を修めさせ、また、同校を進学校として定着させるなどしてきた。そのため、高校の教育者としての債権者の評価は高い。

(2) 債権者は、現在、日本法政学会、日本社会福祉学会及び九州法学会等に入会しているが、学会では教授の地位に就いていないと活躍する場が少ないのが現状であり、ましてや、日本にあまり例を見ない教授解任となれば、債権者の学会員としての地位は継続し難く、論文発表の機会はほぼ失われてしまうおそれがある。また、債権者は、現在、出版予定の大学テキスト用福祉シリーズ七冊のうち、「社会福祉の基礎知識」等の三冊を出版しているが、今後続刊予定の「障害者福祉の基礎知識」等の四冊については、今回の教授解任により、発刊が停止している状態にあるほか、本大学において教科書として使用されていた債権者編著の著書の使用が教授解任後少なくなってしまった。更に、債権者は本大学内に与えられていた研究室を教授解任により閉鎖され、自己所有の専門書数千冊の持出しができず、学者としての著述活動に支障を来している。

このように、債権者は、教育者として、論文発表、出版を通じての自己の教育活動に対する理念を実現する機会を奪われており、教育者としての固有の利益が著しく損なわれている。

(3) 債権者は、通産省のシルバー産業活路研究会専門委員、財団法人インテリア産業協会九州支部の理事兼広報委員長の地位にあったが、今回の解任によりこれらを辞任せざるを得なくなったほか、現在就任している福岡県市町村共済短期給付委員、福岡市社会福祉審議会委員、八女市社会福祉委員等についても、近い将来その更新が困難な状況にある。更に、約一〇年間続けてきた地元紙等への執筆も、その継続が困難な状況にあるし、本大学、付属高校の再建者として依頼の多かった講演も理事解任後少なくなっている。

(4) 以上のとおり、債権者は右各解任により、理事、教授あるいは校長の地位を保有しその職務を行うことを通じて教育者、研究者としての自己の教育理念の実現を図ることができなくなり、またその名誉及び信用を著しく傷つけられ、多大の精神的損害を被っている。

(二) 財産的損害

(1) 債権者は、平成四年四月、校長から債務者法人事務局付に所属変更となったことから、従前五二万一〇〇円あった給与が一〇万六〇〇〇円減少し、四一万四一〇〇円になったばかりか、理事解任に伴い、本来受けられるはずであった平成三年度の役員報酬八一万六四七四円の支払が得られなくなった。また、教授、校長の解任により、その肩書がなくなったことによる講演料の低下、出版、論文発表の機会が奪われることによる原稿料の減収、各種審議会委員の就任、継続が困難になることによる委員手当等の減収が予想される。

(2) 債権者は、現在二人の子供を東京に下宿させて大学に通わせているが、今回の解任に基づく減収により、両名は、アルバイトをしなければ生活し得ない状況に追い込まれている。

三  債務者の主張

1  被保全権利について

(一) 理事解任決議の有効性について

(1) 平成三年三月二五日の理事会において、坂上務理事は欠席であったが、牧之内繁男理事は事前に委任状(受任者溝口虎彦理事)を提出していた。理事解任の議題は同月七日付の理事会開催通知書における議案としては、「その他」に含まれるものである。また、本件の場合、実質的に考察してみても、右理事会の前回の理事会(同年二月一九日)において、債権者が四国の四年制大学(仮称西日本情報大学)の設立に関係していること等について議論があり、次の理事会において結論を出すことになり、これを受けて三月二五日の理事会における解任決議となったものであって、両理事会には、債権者も出席し、自ら弁明しているのであるから、手続的にも実質的に弁明の機会を十分与えている。したがって、理事解任決議について、手続上違法、無効な点はない。なお、債務者は、理事解任について、債権者宛に配達証明付内容証明郵便で通知を発しているうえ、理事解任決議後、出席理事全員で債権者に理事解任及び教授職を解いたことを説明しており、解任の通知は有効になされたと言うべきである。

(2) 理事の解任には、正当な事由の存在は必要ないが、本件において債権者につき理事を解任し、教授職を解いたことには次のとおり正当な理由がある。すなわち、香川県多度津町は、かねてから町の活性化のために、大学を誘致したいとの考えを有していたところ、これを聞き知った債権者が同町と話を進め、大学の仮称は西日本情報大学とする、同町は大学の用地(約二万八〇〇〇坪)を無償で譲渡し、二〇億円を援助する、債権者は、財界から寄付を募り、多額の寄付金を集める、寄付金は一旦同町に入れたうえで同町から大学へ寄付をするということになった。債権者は、右大学の設立母体として、北九州市所在の学校法人徳力学園を買収し、これを学校法人太平洋学園(以下「北九州市の学校法人」という。)と名称変更したうえ、平成二年八月一六日、同町との間で協定書を締結した。債権者は、右買収資金として、株式会社九州銀行から三億五〇〇〇万円を借り入れ、北九州市の学校法人が経営する徳力幼稚園の土地建物に極度額同額の根抵当権を設定した。ところが、文部省から、大学の設立母体としては借金のないことが必要であるという意向が示されたため、債権者は、高知市所在の学校法人高知女子専門学園協会(以下「高知市の学校法人」という。)に話を通じ、同法人が設置する高知女子高等学校の不動産を担保に借入れをなし、右借入金で北九州市の学校法人の借入債務を返済した。しかし、その後、債権者は、文部省から大学の設立母体は大学設立申請日より過去三か年間(会計年度)無借金であることが必要であると言われ、北九州市の学校法人を学校法人太平洋教育学園、高知市の学校法人を学校法人太平洋学園とそれぞれ名称変更したうえで、高知市の学校法人を大学の設立母体として、申請することにした。なお、平成二年一二月頃までの間に、財界からの寄付金として一〇億五〇〇〇万円が多度津町に振り込まれたが、右金員は、財界からの寄付金ではなく、所謂ノンバンクからの借入金であったことが判明した。

債務者の理事会としては、このような、財政的裏付けがないのにこれがあるかのように偽装したり、設立母体を名称変更してすり替えるなどの方法によって、文部省及び多度津町をいわば騙した形で大学を設立しようとする債権者が債務者の理事や教授であっては極めて困ること、西日本情報大学という名称は、本大学と関連する大学であると誤解させる名称であり、債権者自身も本大学の延長線上に西日本情報大学を作ると言っている等、債権者の大学設立の方法が債務者の名誉、信用を損なうものであること、今後、金銭に絡んで債権者に騙されたと主張する者が出てくるおそれが十分に予想され、現実にそうなっては、債務者としては、いよいよ困る事態になることなどから、債権者につき理事を解任し、教授職を解くことにしたのである。因みに、多度津町では、右の件が問題化し、結局、その後協定書を破棄し、現在、高知市の学校法人から損害賠償請求訴訟を提起されている。

(3) なお、債務者の理事の任期は二年であるから、債権者は仮に昭和五六年九月三〇日から理事の身分が継続しているとしても、平成三年九月二九日をもって、任期満了により理事たる地位を失ったものである。

(二) 教授解任決議の有効性について

(1) 債権者につき理事を解任し、教授の職を解いたことは、四国の大学設立に関する事項との関係では、一体となった形で問題とされているのであり、前回の理事会から引き続き問題となっていたものであるから、債務者としては、債権者に対し、教授職を解いたことについての弁明の機会も十分に与えており、右決議に手続的違法はなく、また、既述のとおり、解任の通知もしている。

(2) 教授会規程八条一項一号では、「教授……の任用、昇任その他の教員人事」となっており、教授の職を解くことは、任用、昇任等の教員人事に該当しない。また債務者が過去において教授の職を解くことを教授会に諮ったこともない。

(3) 債権者について、教授の職を解いた理由の一つは、債権者が教授として行うべき授業について、休講や代講が多いということである。平成元年度については、債権者は、教職同和教育概論、社会福祉概論ほか六科目を担当することになっていたが、そのうち、二科目は、岡本悟助手が、一科目は、苗不二男助教授がそれぞれ行い、その他の科目も、実際には、他の教員が行ったり、自習をさせたりしていた。平成二年度については、債権者は、社会政策ほか二科目を担当していたが、うち二科目は、岡本助手が実際には行っていた。このような状況であるので、他の教授らも極めて不満を持ち、債務者としても示しがつかないような状態になっていた。

(三) 校長職を解いた決議の有効性について

平成三年三月二五日の理事会で、債権者につき、理事を解任し、教授の職を解いたが、同人の校長の職務は従前どおりであった。ところが、同年一二月頃から、同校の教員や事務職員から、高校の管理運営や人事等に関して、校長である債権者に対する強い不満が訴えられ、このままでは相当数の教職員が辞めるおそれが出てきた。また、債務者としては、債権者が理事長の許可を受けずに兼職していたにもかかわらず、前記理事会において、事務局長等に強要して事実に反する文書を書かせたことも問題であると考えていた。そこで、債権者を取り敢えず校長から外さないと高校の管理運営ができないことから、校長職を解き、債務者法人事務局付職員としたのである。勿論、それまでの間、債務者は、債権者に対して、何度も高校の管理運営の方法を改めるように忠告しており、債権者に弁明の機会も十分に与えているのであって、手続上違法な点はない。

(四) 以上により、債権者につきなされた本件各決議はいずれも有効である。

2  保全の必要性

債務者は、現在、債権者に対して、校長手当(月額一〇万円)を除き、従前と同額の給料を支払っている。また、債権者は、福岡市中央区において司法書士、土地家屋調査士の合同事務所を主宰しているほか、債務者に判明しただけでも、四件のマンションを所有し、これを他人に賃貸していることから、相当な収入を得ているものと推認され、この点からも保全の必要性は認められない。

第三当裁判所の判断

一  本大学の教授たる地位にあることを仮に定める仮処分について

1  まず、被保全権利の存否(その前提として、本件解任の効力)について判断する。

(一) 当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が一応認められる。

(1) 香川県仲多度郡多度津町は、昭和六〇年頃から大学誘致の構想を有していたが、同町に西日本情報大学(仮称)を新設することになり、平成二年八月一六日、債権者が理事長をしている北九州市の学校法人との間で右大学設立に関する協定書を締結した。なお、これに先立つ同年四月二七日、債権者は、高知市の学校法人の理事長にも就任した。

(2) 同年一一月一八日、新聞に右大学設立に関する記事が掲載され、そのため、債権者が同大学の設立に関与していること、同人が北九州市の学校法人の理事長に就任していることが債務者の知るところとなった。

(3) 平成三年二月一九日、債務者において、平成二年度第四回理事会が開催され、債務者監事の大橋三郎は、西日本情報大学の件に関して本大学の役職員である債権者が深く関わっているように推察されるので、理事長はその真相、実態を調査、審議のうえ、適切な対処をするよう要請する旨述べ、出席各理事から意見が述べられた後、次回に結論を出すことになった。

(4) 同年三月七日、第五回理事会の開催通知が各理事に対してなされたが、右通知書には、議案として、〈1〉平成三年度予算について、〈2〉その他と記載されていた。

(5) 同年三月二五日午後開催された第五回理事会において、右通知書記載の議案〈1〉について承認がなされた後、第四回理事会の継続案件として、債権者が西日本情報大学の設立に関与していることについて審議がなされ、債権者を退席させたうえで、債権者につき理事及び教授を解任する決議がなされた。右決議後、債権者を理事会に呼び入れ、出席理事全員で、債権者に対し、右各解任を告知した。

(6) ところで、本大学においては、教授会規程で、教授会は、教授、助教授、講師、助手及び副手の任用、昇任その他の教員人事に関する事項について審議する旨定められている(同規程八条一項一号)。しかるに、債権者の教授解任に関して、教授会は開催されなかった。

(二) 憲法二三条が保障する学問の自由は、学問、研究の場としての大学の自治を密接不可分な制度として包含し、学校教育法五九条一項も、これを受け、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」と規定し、重要事項に関する教授会の審議権を認め、大学の自治を実質的に保障している。ところで、同法は私立大学についても適用されるところ、真理探究の場としての大学において、右探究に従事する大学教員は、任命権者の一方的な判断によりその地位を奪われないという身分保障によって、はじめて研究教育活動の自由を保障されるものであることからすると、教員の採用、解任、昇任、降任等の人事は、学校教育法五九条一項の「重要な事項」に該当し、教授会の審議が必須の手続であると言わなければならない。そして、本大学における教授会規程八条も、右審議権を確認、具体化したものと解すべきである。

そうすると、教授の解任は、同規程八条一項一号にいう「その他の教員人事に関する事項」に該当すると解するのが相当である。そして、本件にあっては、前記認定からも明らかなように、債権者の教授解任について、教授会で審議した事実はなかったのであるから、その審議なくして行われた本件教授解任決議は、右規程に違反し、無効であると言わざるを得ない。

なお、債務者は、本大学においては、教授職を解くことを教授会に諮ったことはない旨主張するが、従来なされていた違法な手続が問題視されることなく事実上有効なものとして取り扱われてきたとしても、そのことによって、本件教授解任決議が有効なものとなるわけではないことは明らかである。

2  次に、保全の必要性について判断する。

本件疎明資料及び審尋の結果によれば、(1)債権者は、教授として、従来、大学研究室の利用を認められ、学問研究活動に専念し得る環境を有していたところ、教授を解任されたことにより、研究室の利用を禁止され、事実上、研究活動が極めて困難になっていること、(2)債権者は、現在、日本法政学会、日本社会福祉学会及び九州法学会に加入しているが、教授たる地位を失うことにより、学会での研究発表の機会も事実上制限されるおそれがあるうえ、新たに他の学会に加入することについては困難な面のあることを否定し難いこと、(3)債権者は、教授の地位を失うことによって、出版著述活動に事実上の支障が生じており、現に、刊行予定であった四冊の著書について、事実上刊行ができないでいるなどの不利益を受けていることが一応認められるところ、これらの不利益は、本件教授解任が教授会の審議を経ていない無効なものであることを明らかにし債権者の教授たる地位を仮に定めることにより回避し得る可能性が十分にあると考えられるから、右仮処分の効用は肯定できるし、その必要性を認めるのが相当である。

そうすると、債権者が本大学法科教授たる地位にあることを仮に定めることを求める仮処分の申立ては理由があり、これを認容するのが相当である。

二  債務者の理事たる地位並びに付属高校の校長及び債務者の教職員たる地位にあることを仮に定める各仮処分について

右各仮処分については、被保全権利の点を暫く措き、債権者に右各仮処分の必要性があるか否かをまず検討することにする。

本件において債権者が損害として主張する利益のうち、理事ないし校長の職務を遂行し得る利益及びこれに対する名誉、信用といった利益は、結局のところ、債務者の任意の履行を待たなければこれを実現し得ないものであるが、本件においては、債務者の任意の履行を期待し得べき可能性を認めるに足りる疎明はない。また、それ以外の諸活動(審議会等の委員としての活動、執筆及び講演)並びにこれらに対する名誉、信用といった利益は、理事ないし校長たる地位に当然に付随するものではないか、又は債権者に対し著しい損害若しくは急迫の危険をもたらすものではないと言うべきである。しかも、債権者が現在、債務者の職員として月額四一万四一〇〇円の給与の支払を受けていることは債権者の自認するところであり、更に本件疎明資料によれば、債権者が司法書士及び土地家屋調査士の合同事務所を経営していること、福岡市内四か所にマンションを所有していることが一応認められ、債権者は右給与以外にも相当の収入を得ているものと推認できる。

そうすると、右各仮処分については、保全の必要性の疎明はないと言わなければならず、右各仮処分の申立ては理由がないから、失当として却下すべきである。

三  結論

よって、本件仮処分の申立ては、主文第一項の限度で理由があるから、事案の性質に鑑み、担保を立てさせないでこれを認容し、その余の申立ては、理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 川野雅樹 裁判官 武笠圭志)

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